Bricoの放浪記

ガンを乗り越えて、ゆる〜〜く旅する生き方を選んだ 旅と免疫力アップの日々のブログ

カッパドキア

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カッパドキアの奇岩も 子供のころ、見てみたいと思ってましたが

ある時 ネットで トルコの旅行記を 見たら カッパドキアに行ったけれど お土産物屋と しつこいお店の販売員ばかりで うんざりだったと 書いてあって  そうなのか、、、と思っていたけど 多分 その人は 速足のツアーで ラクダ岩 という岩のある駐車場でその周りを見ただけで カッパドキアがこんなものだ と  思ってしまったのだろうと思う。

確かに観光バスが止まれる駐車場には 土産物屋が 並んでいたりするところも あるけれど

カッパドキアは すごく広く,場所によっても 奇岩の形態が違っていたり 地層の色も違っていたりで  ただ ただ 広い。
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地下に張り巡らせた住居あとに入った、禁止されたキリスト教の信者が作り上げた地下都市で(まだ下にあったのかもしれないが) 地下 四層に 横にも 延々と 部屋と 廊下が 続いていた。

ガイドの話によると 何キロも先の 地下集落にも 地下通路が張り巡らせてあったという事です。


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普通地下一層に家畜をいさせて、二層にワインを醸造するばしよ、保管庫、三層に共同の作業場や調理場、その下に 個々の居住スペース
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もちろん 絶壁をくり抜いた居住」奇岩をくり抜いた住居跡もありますそれらはレストランとして使われていたり、ホテルになっているところもあります。
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カッパドキア 気球からの朝日

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気球に、乗るのは初めてでした、
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朝、真っ暗な中 マイクロバスでカッパドキアの谷間の出発地点に、集まり離陸準備、

他の気球が最初は大型扇風機で気球をある程度膨らませて更にボンベから熱風を吹き込んで着々と準備を進める中

私達の乗り込んだ気球は何やら ガンガン ハンマーで気球とバスケットを繋いでいる部分を叩いている!
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大丈夫か? ちゃんと整備しておいてよ!
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真っ暗だった空が明るくなりはじめ他の気球が次々離陸し始める中 まだガンガンやっていて、

朝日は見られるのか?

第一飛べるのか?

飛んだとしても大丈夫?
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不安で一杯になっているなか どうやら作業が終わったみたいで、やっと私達の気球も飛び発った!
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しらじら空ける空に沢山の気球が上がっていく様は圧巻!
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朝日が見え始めると大きな歓声が

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どんどん上に上がって下を見るとカッパドキアの大地がひろがり、随分下にも気球が!
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画像に収まりませんが周りは気球だらけです!
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しばしフライトを楽しんで おり始めたころ地上にも朝日が当たり始めました。
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地上が近くなり 〔ランディング!〕の掛け声。

着地の時 乗客は籠の中のロープを把み しゃがんみこんで着陸態勢をとります、

以前に 気球に乗った事があるという人の話では、上空より着地の時の衝撃が、怖かったと聞いていたので、身を屈めて待っていましたが すんなり降りず なんだかまたバーナーを焚いて少し上がったり 方向を変えたり

恐々 籠の中で待たされた挙句 気抜けする程ソフトなランディングでした、一同大拍手、そして籠から降りようとした時さらに歓声と大拍手!

なんと気球の籠は土の上におりたのではなく トレーラーの荷台の上にピッタリと乗っていたのです!
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籠から降りて、用意してくれていた 冷たいシャンパンで乾杯して大 大 大満足のオプショナルツアーは終わりました!
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生きてて良かった!

パムッカレ 石灰棚

子供の時からいつかは行ってみたいと思っていた石灰棚

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前日、朝 皮工場に行って そこから バスで30分の

エフェソス遺跡

アルテミス神殿

バス3時間

アフロディシアス遺跡

バス3時間でパッムッカレ

全く平坦なところのない広い遺跡を12000歩以上歩き バスで7時間シェイクされて 夕方パムッカレに着いた、到着前からガイドは 明日の予定が詰まっているので今日のうちにパムッカレの石灰棚を見てしまいましょう と言ってバスはホテルのあるふもとの町を通り過ぎて石灰棚の山に向かった、もうみんな疲れ切っているしこの日のホテルは温泉プールがあるからそれも楽しみにしていたのに ガイドは客のコンディションなどお構いなし あまり文句を言わない日本人ばかり乗っているので みんな疲れた目をして見合っているだけなので 私は多いっ切り「夕方の光の中で石灰棚を見たって きれいじゃないし ホテルでプールにも入れないじゃないの!!!」と抗議した それでもバスは石灰棚に向かって走り続け、私一人ぶつぶつ言い続け だんだんバスの中の乗客も不機嫌な顔つきになったころ 石灰棚が見えてきて その丘の稜線にびっしりと観光客のラインができているのが見えた、人が多すぎて大渋滞になっている! さすがにガイドも これからあの丘を登るのは 無理 と思ったのか 皆さん今日は人が多すぎるので明日の朝 又来ましょうと言ってバスをUターンさせた

 

パムッカレは温泉地帯で石灰棚も石灰分の高い温泉が流れ長い時間の中で棚状の地形を作りだしたのだが 少し離れているところの温泉は鉄分が多くて茶色をしていて、一番上の温泉が噴き出しているところから下に行くほどぬるくなっている、

私は2段目あたりのちょっと熱めの湯に浸り 底には泥が沈んでいて手ですくって温泉泥パックを顔に塗り 大満足

もんのすごく疲労がたまっていたけれど温泉のおかげで楽になった。
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石灰棚のあるところより上にあるヒエラポリスという遺跡

前に見たベルガモン遺跡の近くにあった病院施設に人が集まりすぎ 温泉地のここにベルガモン王が新たに保養地として総合医療施設を作ったという説明を聞いたが

多分紀元前190年というのが正しいのではないかと思うけど ネットでしらべると まちまちで 何よりひどいのはウィキペディアに2世紀にローマ帝国の保養地として作られたと記述がある。インターネットの知識はあてにならない!
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ヒエラポリスは広大で遠くから眺めただけでした。

 石灰棚は・・・・・
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以前に 観光客が増えすぎて 危機的状況にあり 入場規制になっているというのは聞いていましたが 残念ながら 石灰分の高かった温泉が枯渇し始め 流す量を制限しているとのことで 大半涸れていて 山頂近くの一部分だけにお湯が流れていました
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ここに青く輝く水が溜まっていたらどんなに美しく感動的かと・・・・

けっこうガッカリです。
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それでも素足になって入れるところもありました。
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(白状すると、水の色は少々調整しました)

水が張られていない石灰棚のところで、歩道しか歩いてはいけないことになっているのに中国人の観光客が土足で石灰棚に入り込んで写真を撮っていて、警備員が遠くから叫んでいました、こちらの人から見たら中国人も日本人も見分けがつかないのがくやしい!

 

ヒエラポリスの崩れた遺跡が底に沈んでいる自然なプールです。

泳いでいる人がなるべく映らないようにと場所を選んだら底の石柱があまり写っていませんでした。
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●石灰棚のお湯を流す場所は周期的に 変えるらしいので 運が良ければ中央の部分に水が溜まっているところをみられるかもしれません。

 

以上、わかっていたけど だいぶガッカリなパムッカレでした〜

 

爆走 トルコ遺跡巡り


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いつもは 大体一人旅でのんびりうろうろするのだけれども今回トルコ、いくら親日国だとかなんとか言ってもイスラム圏だし地方を一人で回るなんて無謀だろうと思ってバスで巡るツアーに参加したのだけれど 思った以上に日程が詰まっていて トルコは広いし遺跡はあちこちに散らばっていてバス移動がことのほかハードだった。

バス自体は縦三列にゆったりとしたリクライニングシートが並んでいる新型のきれいなバスだったけれど、多分 乗り物酔いする人が出ないようにという魂胆でサスペンションが固く設定してあるようで そのバスで高速を突っ走ると疲れた。

最初の到着地は遺跡ではなく古い村だったが 石畳の道はガタガタ凸凹で村を一回り見物してホテルに着いた時には足首が痛くなっていた 歩数を見たら7500歩くらいで普通は 10000歩くらい歩いても全く平気なのにものすごい疲労感だった。

翌日から広い遺跡のボッコボコな道を歩き回り(大体一日平均14000歩くらい)4、5時間はバスでシェイクされて、夕方ホテルに着いたらヘットヘト!

ブログをアップするなんてできなかったのでまとめてお伝えします。

あとから振り返ると 一生懸命説明してくれたガイドさんには悪いけれど、それぞれ違いはあったもののどれがどれやら、、、一応ひととおり調べなおしてみたらガイドさんの説明にもあやふやなところがあり さらにネットで見ても書いている人により違っていたりするので 面白いと思ったところをフューチャーしてアップします。

ベルガマ【ベルガモン遺跡】

紀元前4世紀ごろから栄えた都市です、ギリシャと同じ様式で岡の上にあります

ロープウエイで登ります。

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後の時代にふもとにある集落の人々が遺跡の石を自宅の建築資材として盗んでしまっているので遺跡の修復がむつかしいらしい(途中の石がなかった場合 かけている部分を補って埋めるなどという修復は、世界遺産としては✖という事で)おびただしい石が倒れたままになっている この事態はこの遺跡だけでなくこの後に訪れた遺跡でも後の時代の建築資材調達のためにめぼしいところがなくなっている 

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円形劇場
一万人くらい収容できたらしい あまりに急な斜面で転がり落ちそう


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商店街の通路

 

エフェソス遺跡

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20万冊の所蔵本があったという図書館 面白いのは道路をへだてた真向かいに立派な風俗の施設があり 本を借りに来たふりをして図書館の中から地下通路で風俗店に隠れて行かれたという事。

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石でできた看板、正面に二匹の蛇の捩れて交差した図案(医療のマーク)横に経済を司る神様のマーク その二つで薬局の看板という事らしい。

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公衆トイレ

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公衆浴場(実際に体をきれいにするというより社交場、話をするために人はここに訪れたという事)

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歩道にあった広告

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足跡の掘り込みと丸い平たい掘り込み プラスハートのマークと矢印

これより大きな足で(年齢制限)この穴にはまる大きさの貨幣と心をもって矢印の方角へ行けという風俗店の公告、ガイドさんの「何千年前から何にも変わっていないですよ」という説明に妙に納得

 

ここにも円形劇場  1万5千人収容 ここは舞台の向こうに遠方からやってきた演者のための宿泊施設やグラディエーターの控室があって、劇場横にはジムナリアムもある ローマだけでなく ここでも人間とライオンを戦わせたり 人間どおしの死闘を見世物にしていたという事

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キャラバンサライ 驚き!

コンヤからカッパドキアまでの道で かつてのシルクロードの上にできた高速道路を爆走

この道は約700キロ だだっ広い平原を ただひたすら一直線に突っ切る高速道路です。

途中で14世紀に造られたスルタンハヌキャラバンサライ というキャラバンサライの横にある駐車場でトイレ休憩、

多分子供のころ見たハリウッド映画などからイメージされていたちょっといかがわしく安っぽい隊商宿とは全然違う 巨大で立派な城塞のよう!

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デカイです入り口も立派

 

バスに乗っていたほとんどの人は駐車場にあるお土産物屋で時間を潰していたが  

修復中だったけど入場料を払って中に入ってさらにすごさにビックリ

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多分 沢山のラクダを留めるための広い中庭と両サイドに仕切られた個室が並び (一つ一つそこそこの広さ 奥行きがある、)

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中庭の奥の入り口の奥には沢山の柱が並ぶ巨大な空間が!

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全体を画像で伝える事が出来無いのが残念です。

 

(ガイドさんから聞いた話です、)

13世紀 セルジュクトルコの時代のアラーティーという王様が戦争に明け暮れるより 交易に力を注いだ方が国が豊かになる近道だと考え 隊商の為のキャラバンサライを30〜40キロ毎(ラクダが一日で進める距離)に整備して 各キャラバンサライの宿泊費は 食事も含め 三日間無料にし、兵隊はキャラバンの護衛として働かせたということです。

 

実際にはその後も 戦いはあったらしいですけど 

素晴らしい施政者だと感心しました。