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Bricoの放浪記

ガンを乗り越えて、ゆる〜〜く旅する生き方を選んだ 旅と免疫力アップの日々のブログ

#横浜山手・西洋館めぐり

用事があって横浜に出たついでに 天気が良いので 石川町駅から イタリア山庭園へ上り そこから 港の見える丘公園 まで、山手の 西洋館を見ながら 散歩しました。

石川町の 駅のホームから イタリア山は 線路進行方向 右側に 見えていたので 元町口を 出て右に 道を 進んでしまいましたが 左に出て 少し迂回するように 階段を上った方が 近く、右に 出てしまうと 大回りをしてしまうことに なりました、そしてやっぱり階段は 登らなくては なりません。

山手イタリア山庭園に2軒 そこから 元町公園まで 歩いて 行く 途中の 山手通りの 風景は いかにも 瀟洒な 一戸建ての 館が 続いていて 歴史的建築物でなくても 見ながら 歩くのは 楽しものです、

元町公園に べーリックホールと エリスマン亭があり 通りを隔てて えのき亭 山手234番館、資料館、元町公園の隣は 外人墓地が あり そこから 港の見える丘公園は すぐです。

公園で 花壇や 横浜港を 眺めてから フランス山を下りて 元町中華街駅 までの 14,564歩の散歩でした。

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外交官の家

ここは元は横浜に建っていたのでなく東京渋谷南平台に建っていたものを1979年に横浜に移築したものです。

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ブラフ18番館

大正末期に建てられた外国人住宅で1991年にイタリア山庭園に移築されました。

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べーリックホール

イギリス貿易商の邸宅として昭和5年に(1930年)建てられました。

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エリスマン亭

横浜の絹糸貿易商の支配人のエリスマン氏の私邸として建てられ1990年に元町公園に移築復元されたものです、エリスマン亭の中のカフェからは元町公園の緑が美しく眺められお勧めです。

カフェのメニューはプリンが人気ということで(テレビでも紹介されていたのを見たことがありますが)残念ながら私はいただきませんでした。

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えのき亭

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山手234番館 

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資料館

昭和2年(1927)頃建てられた外国人向け共同住宅です。

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#たましいに似た何か

角田光代さんの「わたしの容れもの」というエッセイ 読んだ、

四十代後半の 作者の 感じる 経年変化のエッセイで 老化、成熟、変化、、、

年齢を 重ねることによる 体や 心の 変わりよう に対する考察を 何かの紙面に 掲載したものを まとめたもので

私は もっと年ではあるけれど ある ある くすっ、やっぱりうまい

中で たましいに似た何か

という 項目が あって、

昔からの 友人たち があまりにも 変わらなく 見える

変わってない はずがないよ・・・みんなでいっせいに老けたから、わからなくなっているだけでは・・・・・?と

中略

そうして私は思ったのである。いっせいに老けたから、わからないのではなくて、私たちは、顔じゃない部分を見ていたのではないか、と。

その人とまず認識するのは顔や体型だ。けれど親しくなっていくうちに、その顔や体つきに、わたしたちは別のものを見る。あるいは、顔や体つきを介して、べつのものに触れる。それはおそらく、その人の核とか芯のようなものに違いない。個性や品性ではない。加齢も経験も、何ものも手出しできない、増えることも減ることもない不変の何か。そうしたものを、私たちはだれしも持っているのに違いない。親しい人ほど、その部分を見るようになるのだ。

そしてこうも思うのだ、その不変の部分の形か、サイズか、色合いか、何かが似ている人こそ、親しくなるのではないか。

(青字は本からの抜粋です)

だから 一時 親しくて その後 疎遠でも 何十年後 また やり取りが 再開する、数年に 一度くらいしか あわなくても 合えば 親しく 話ができる、と。そんなことを 読みながら

あぁ、そうだなぁ。と思った。

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去年 私が 長 々居候 させてもらった 友達は 大学の 時の 友人で、若い時の いっとき 親しく 語り合ったり、遊びに出かけたり の仲だったが、学校を 卒業して 社会人に なってから 会うことも 少なくなり、年賀状だけの 挨拶だけの 日々が 何年も 続いたり 数年ぶりに 会ってみたりの 付き合いとも いえない付き合いが 続いていたのだが、一昨年 彼女に 仕事を 依頼することが あって 仕事の 打ち合わせで 2,3度 あったあと のある日,打ち合わせが終わった後で 近況報告など 話していると 長い友人としての ブランクが あったにも 関わらず 私は そのころの 癌の病後の 心の混とん ,病気になった 前の生活に 舞い戻っている 不安を ぼそぼそ話だし、彼女は 聞き役に 回って くれていた。 いくら かつての 同級生といえ、仕事で 打ち合わせに 来てくれている人に 愚痴っぽいことを 話すなんて 私らしからぬこと だった けれど つい はなしてしまい。

その 数日後に 彼女から 思いがけず 電話をもらい「もし 家を 出るようなことがあって、とりあえず 行くところが なかったら、しばらくなら うちに来ても いいよ」という電話だった。

その しばらくあとのある日 本当に 彼女のところに 厄介になることになり、

しかも しばらくどころか ずいぶん 長いこと 居候して しまった。

彼女には 迷惑な話 だが、私は 彼女の ところで 楽しく 過ごした、学生の 時の 親しかった楽しい 気分が フラッシュバックしていて 毎日が 楽しかった、もちろん 苦しかった状況から 逃れたという 環境ではあるが、それとは別に 若かったころの 友達と 共同生活、寮にいた時のような 気分が よみがえっていた。

「不変の何か類似説」

類は友を呼ぶの「類」は性質や環境ではなくて、もっともっと深い何かなのだきっと

と 

わたしの容れもの

わたしの容れもの

 

 

ブログの モチベーションが ダダ 下がり した話

 私のブログは そんなに 読者もいない 超弱小ブログで それでも 読んでくれる人が いて、たまに 励ましの 温かいメッセージを もらったりして それを励みに 続けている、

自分の 至らないところが どこなのか 最近 自分とは タイプの 違うブログなどに 目を通すために いろいろなブログに 読者登録して 読んでみている、三日前に 読んだ ブログは

その日の タイトルが

「一番上に戻るボタン」つけてないブログ、やり方おしえてやるから今すぐ付けろ。読みにくい

という タイトルで 内容も タイトルに 負けず 劣らずの 高飛車 乱暴な 文章だった

あれれ、私の ブログも そんな カスタマイズ してないし?と 読んでいるうちに だんだん 気分が 悪くなった ブログの形態や 読みやすさ そもそも 文章の スタイルなど 人それぞれ、あなたが 不便と感じていても それを不便と 感じない人 もたくさんいるから それが 定型になってない のであって そんな 失礼な 書き方って どうなの?

読んで しばらく 私にできていないことを 指摘されたから 気分が 悪いのか?と少し 思い直そうと してみたけれど やっぱり気分が 悪いし 無視 無視! と そんな カスタマイズも せずに終わりにした、

で、昨日 その記事を 書いた人のブログが 更新されていて 日曜に書いた記事がバズった件の反省 というタイトルで どうやら 反論をたくさん受け 炎上というような 状態になった らしく それでも 反省と 書いてあるけれど 反省どころか 過剰反応した人々に 反撃していて

おかげで アクセスが 増えたというような 書きようで、一日の PVが 12,000 にもなった とあった。

あんな人を 不快にする文章で PV が12,000! 

愕然

私なんぞ、自慢じゃないが 毎日 一生懸命 アップし続け もうじき 六か月に なるが つい 先日 通算 PV が やっと 10,000 になって 一人で喜んで いたのに

一日で 12,000!

 あんまりじゃあありませんか〜〜

毎日アップするのだって そんなにスルッと書ける訳ではなく、毎日頭をひねって書いているし、ひねっても出てこない日もある、やっと書き上げても読み返してみてやっぱりダメだと削除することだってある、なのに〜〜、

この153回の積み重ねより 反感満漢ひと記事の方が関心を集めるなんて

とほほ、、、

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次の留学準備

フィジーから 帰って はや 一か月 さすがに のんびりし過ぎた という 反省と 今度行く マルタの 学校の WEBテストを 受けなければ ならないので 今日は 近くの 図書館に 行って 勉強した、したとは言い切れない、勉強しようとした。

一度緩んだねじは なかなか 締まらず 英語のノートを 見ていても 集中できずに 睡魔に襲われる、周りにも 平日の 午後とあって うたた寝している おじさんなんかが 何人もいたりして ついつい寝てしまうこと 三回、眠気覚ましに 散歩に 出て そのままうろうろ 歩き回り ショッピングセンターまで 歩いてしまって 買い物をして 午後が 過ぎてしまった。

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まぁ、私らしい!

 

横浜名流華道展

チケットを もらったので 生け花の 展示を 見に 行った

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私自身は 生け花を 習ったことは ないが 母が 好きだった ので 家の 玄関と 床の間には 必ず 花が活けてあった。子供の 時は 母が 花を 活けているときには いつも 横で 見ているのが 好きだったし 花屋に 買い物に 出かけるのも 大好きだった。

私の 伯父は 華道家で 一般の生徒さんに 教えるのではなく 九州地区の 先生に 教えている人で、おおきな神社や お寺の 催事があるとき などに 活け込みに 行っていた人 だった。

ある日,伯父の 息子が 我が家に 遊びに 来て 床の間の花 を見て 母に 花を活けさせてほしいと頼んだ、唐突な申し出に 母は驚いた ようだったが 承諾し て生け花に 使う敷物や などを 出してあげて 甥が 花を 全部 外してしまったのを見て 席を立った、

私は いとこが いつもと違う 真剣なまなざしで 正座をして 花を生けるのを 横で 見ていた。

花が 活け終わった ころ 母が 帰ってきて いとこは 自分が 活けた花を まえに どういう意図で 花を生けたかと いうストーリーを 説明し始め 母は黙って 聞いていた。

いとこが 帰った後で 母は「○○ちゃんが 私の活けた花を 引き抜いた時には 少しムッとしたけれど ○○ちゃんの 活けた花は ほんとに よかったね~、私は 生け花教室で 教えられた 決まり通りの 花しか 活けられないけど 彼は 全部 知っていて そのうえで きまりを超えた 花を活けているよ」と言っていた。小さかった 私には 母の 活けた花と いとこが 活けなおした花 との差が どこにあるのかは わからなかった けれど 母が 素直な人なのだ という印象は その時に感じた。

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話は 脱線したけれど 華道展の 作品は 六日間の 期間内に 二日ごとに 展示を 入れ替えるそうで 生け替えの時に 何かの 不都合で 時間がなかったのか と思うくらい なんだか詰めの 甘い 作品が おおくて あまり ぱっとしなかった。

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載せてる画像は、中でもいいなと思ったものです。

 

野島公園 旧伊藤博文金沢別邸

今日から 5月7日まで ぼたんまつり というイベントが  あるらしく初めて 野島公園駅に 降りて 徒歩 5分ほどの 伊藤博文の 別荘だったのだと 思われる 海に向かった 茅葺きの邸宅を 訪れた、

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ボタンの 花は 今日から2週間 持つとは 思えないほど 咲いてしまっていて 見頃はもう迎えているようだった。

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邸宅からの 眺めは かつては 本当に 風光明媚な 所だった と想像できるが 海の 対岸に八景島と もう一つ 島が 浮かんでいて 八景島はテーマパークに なってしまっているので ジェットコースターや 大きな建物が 建っているし もう一つの 島には 工場みたいな 建物が 目いっぱい 建っている、伊藤博文が 生きかえって これを見たら さぞ 残念だろうと 思わずには いられなかった。

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邸宅は茅葺きの贅沢ではないけれど風情のある建物だったが 写真を撮ろうとしたら全体の美しく見えるアングルのど真ん中 庭に配電盤のような金属の箱型のものが鎮座してい著しく美観を損ねているので庭からの建物の写真は撮らなかった。

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少し離れた場所から撮ろうとすると今度は無粋な鉄柵で囲われていてそれも断念。

すぐ近くに標高58メートルの小山があり展望台と書いてあったので登ってみた、

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遠くからわざわざ行くほどのところでないのは確か。

ナイチンゲールの言葉

いわゆる 格言と いうのは あまり好き ではありません。

偉人が こう言っていたから 君も 頑張らなくては ならない

と 押し付けられるようで、

なのに 2,3日前 格言集みたいなものを ネットで 見ていて

進歩し続けない限りは 退歩していることになるのです。

という 言葉に 引っかかって しまいました、

その時は 何となく程度だったのですが

昨日、散歩に 出かけて 船溜まりという池を 眺めて ぼんやりしていたら

この一か月近く ゆっくりし過ぎた、というか

鈍感に 過ごした、

努力を 忘れていた、

・・・・・

総じて 退歩していた! という 思いに 駆られて 少々落ち込んで しまいました

人は 目標に 向かって 毎日 努力 精進してこそ 進歩が あって

何も 新しいことを せずに 日々を 過ごしてしまうのは

停滞ではなく 後退しているのだと、

何も しなくても 歳はとるし

体力も 肌も 衰えていく

頭を 使わなければ 記憶力も 落ちてゆく

確か に何もしないことは 現状維持ではない。

そんな ネガティブマインドに とらわれて ブログも更新せずに 寝てしまっいました。

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でも 朝は来る、そして朝になったら

いやいや人生 休養も必要、

頑張る時には 頑張るからいいんだ!と 立ち直りの 早さも 長所のうちと

思い直して また一日が 過ぎるのです。

 

Thanks

緑がどんどん濃くなる

ちょっと前に桜が満開だったのに、もう葉桜になってしまって、八重桜も終わりが近い。

駅までの道すがら見える木々は、日に日に緑が濃くなって散歩が楽しい季節になった。

今日は用事があって横浜まで出掛けたけれどビルの中にいるのが勿体無い陽気。

変わっていく花の盛りを楽しまないと。

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