Bricoの放浪記

ガンを乗り越えて、ゆる〜〜く旅する生き方を選んだ 旅と免疫力アップの日々のブログ

3年ブログを続けて自分のやってきた事と感じていること

先々週、新しいデジタル一眼レフを買って、マニュアル本を手に入れ あれこれ設定を試してみたり 先週は部屋の中でシャッター切っていてもいまいちなので バスに乗って鎌倉まで出かけたり 近所の(金沢文庫の)称名寺まで散歩に出たり、この秋から始めたボランティア講座に出席したり、週課の英語講座やヨガ、それ以外にも毎週横浜に通っている、

新しい経験や 目から鱗!の気づかされ。いろいろある。

にもかかわらず ブログを一向に更新していない。もう1か月何もしないまま過ぎていた!

フェイスブックに ”三年前のあなたの投稿” とあって ブログ攻略本の画像と これからブログを始める私の意気込みが書いてあった。

ブログ初心者の私は 知人にブログをやっている人もいないし とにかく買い込んだ本に書かれてあることを一生懸命実践しようとしていた

1)最初は文章を書くことに慣れるため毎日アップする

  何が何でも書く、ネタがなくてもなんとかひねり出す努力を続ける。

  一記事当たり1000文字以上目標

2)とりあえず100記事アップ。

  3か月たって100記事書きあげた頃には 自分らしい文章の書き方が身に付き、

  100記事あれば検索エンジンからのアクセスも増え

   ブログにしっかりとした基礎が出来上がります。と。

それ以外にも細かい指示がたくさんあり ページのカスタマイズやSEO対策 なんとかできることや、さっぱりわからないことなど、あと読者を増やすための小技(これは読んでいて小賢しいというか私はそんなことをせずに多少時間がかかっても地道にやろうと思ったが 今になってみればやらなかったことは悔やまれる)

 

とにかく三か月間、毎日毎日ブログを書き続け 自分らしい文章というものが得られなくてもその後も ブログを続けた。

ブログ初期に ほかの人がどんなブログを書いているのか気になり読んで回って、うまいなと思う人や面白いと思う人を読者登録し、私に読者登録してくれた人も読者登録してフォローした、

相手から読者登録してきたのは 大半がブログ初心者だったと思う、その人達は 早い人は一か月続かずにアップが途絶え 他も徐々に少なくなり 3か月を過ぎて残っていたのは半数以下だったと記憶している。そしてその後も減り続けている。

一方上手いなと思っていた人たちの中にはマネタイズに成功して(どういう比較なのかは知らないが)はてなブログから他のブログサイトに移って行った人、

ほんの数人相変わらずのスタンスで発信し続けている人々、

いつの間にかやめてしまった人

なかには国家公務員からラーメン屋さんに転職して ブログを書き始め(この人は本当に本が好きでよく読んでいるんだろうと最初におもったほど文章がうまくて、本人も書くことが好きと云っていたけど)一年後には副業でライターをはじめ すぐに本業より収入が入るようになったらしくその半年後にライターを本職にしてしまった!というすごい人もいる

そういう一握りのブログ勝ち組 と大多数のリタイア組 の間にひょうひょうと変わらずブログをアップしている人、私のように時々思い出したようにアップする人、がいたりする。

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何を書いているんだかぼやけてしまったけれど、そういうことで もともと少なかった私の読者はますます減って あまりに少ないとブログをあげるモチベーションも上がらないという自己弁解 的なことを考えた今日でした。

謝謝

 

 

 

 

イスタンブール

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友達からいつになったら海峡渡るの?

とブログの更新催促されたので、イスタンブールご報告です。

早朝アンカラを出発して5時間半バス乗って午後アジア側からヨーロッパ側に渡りました。

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ブルーモスクから歩き始め、イスタンブールは道路がどこも超渋滞なので旧市街を歩いて見て回りました。

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ブルーモスクは改修中で、中央のドームは足場で完全にふさがれていて観る事が出来ませんでした!
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ドームを支える4本の柱の巨大さが目を見張るものでしたが 画像に比較になる物を映しこまなかったので大理石の質量が伝わらないのが残念。

 

次に アヤソフィア

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6世紀にビザンツ建築の最高峰として建てられた聖堂で ギリシャ正教の総本山としての信仰の場所でしたが 15世紀にオスマントルコにより イスラム教のミナレットなどを増設して、またキリスト教のモザイク画は漆喰で塗りつぶされて モスクに改修されました。

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ここにも修復工事の為の足場があって 全体の写真は撮れませんでしたが この建造物の大きさは伝わると思います。
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1923年にオスマントルコから トルコ共和国になった時に 初代大統領のアタティュルクにより博物館として使われる事になり塗り込められていた漆喰がはがされ 聖母子像などのモザイク画が復活しました。
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トプカプ宮殿も改修中でした、f:id:michimichi141:20190924161613j:image

私は四月に新東京美術館でトプカプ宮殿の秘宝展を見ているので 良かったですけど、トプカプ美術館は閉園中でした。
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グランドバザール
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あまり期待はしていませんでしたが それにも増して、何一つとして欲しい物がない、これは私だけでなく同じツアーだった人が皆 言っていた事です。
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翌日 自由時間に ドルマバフチェ宮殿に
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↑門 内側からの写真です、当然ながら外側からの方が豪華ですが 写真がありません
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建物内部は撮影不可でしたが、オスマントルコの国家予算の3分の1を使って建てられたというだけあって豪華絢爛!

この宮殿建築の散財もオスマントルコの崩壊の要因になったと言われています。
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建物はゴシック、ロココ、トルコ様式のミックスで出来ています。
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庭からボスポラス海峡が見渡せます。
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オスマントルコのスルタンが追われ 次の時代の大統領がこの宮殿に住んだという話は

フォンテンブロー城にナポレオンの居城が増築されているのを見た時に通じる 諸行無常と皮肉を感じました。

 

 

 

 

カッパドキア

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カッパドキアの奇岩も 子供のころ、見てみたいと思ってましたが

ある時 ネットで トルコの旅行記を 見たら カッパドキアに行ったけれど お土産物屋と しつこいお店の販売員ばかりで うんざりだったと 書いてあって  そうなのか、、、と思っていたけど 多分 その人は 速足のツアーで ラクダ岩 という岩のある駐車場でその周りを見ただけで カッパドキアがこんなものだ と  思ってしまったのだろうと思う。

確かに観光バスが止まれる駐車場には 土産物屋が 並んでいたりするところも あるけれど

カッパドキアは すごく広く,場所によっても 奇岩の形態が違っていたり 地層の色も違っていたりで  ただ ただ 広い。
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地下に張り巡らせた住居あとに入った、禁止されたキリスト教の信者が作り上げた地下都市で(まだ下にあったのかもしれないが) 地下 四層に 横にも 延々と 部屋と 廊下が 続いていた。

ガイドの話によると 何キロも先の 地下集落にも 地下通路が張り巡らせてあったという事です。


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普通地下一層に家畜をいさせて、二層にワインを醸造するばしよ、保管庫、三層に共同の作業場や調理場、その下に 個々の居住スペース
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もちろん 絶壁をくり抜いた居住」奇岩をくり抜いた住居跡もありますそれらはレストランとして使われていたり、ホテルになっているところもあります。
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カッパドキア 気球からの朝日

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気球に、乗るのは初めてでした、
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朝、真っ暗な中 マイクロバスでカッパドキアの谷間の出発地点に、集まり離陸準備、

他の気球が最初は大型扇風機で気球をある程度膨らませて更にボンベから熱風を吹き込んで着々と準備を進める中

私達の乗り込んだ気球は何やら ガンガン ハンマーで気球とバスケットを繋いでいる部分を叩いている!
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大丈夫か? ちゃんと整備しておいてよ!
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真っ暗だった空が明るくなりはじめ他の気球が次々離陸し始める中 まだガンガンやっていて、

朝日は見られるのか?

第一飛べるのか?

飛んだとしても大丈夫?
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不安で一杯になっているなか どうやら作業が終わったみたいで、やっと私達の気球も飛び発った!
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しらじら空ける空に沢山の気球が上がっていく様は圧巻!
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朝日が見え始めると大きな歓声が

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どんどん上に上がって下を見るとカッパドキアの大地がひろがり、随分下にも気球が!
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画像に収まりませんが周りは気球だらけです!
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しばしフライトを楽しんで おり始めたころ地上にも朝日が当たり始めました。
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地上が近くなり 〔ランディング!〕の掛け声。

着地の時 乗客は籠の中のロープを把み しゃがんみこんで着陸態勢をとります、

以前に 気球に乗った事があるという人の話では、上空より着地の時の衝撃が、怖かったと聞いていたので、身を屈めて待っていましたが すんなり降りず なんだかまたバーナーを焚いて少し上がったり 方向を変えたり

恐々 籠の中で待たされた挙句 気抜けする程ソフトなランディングでした、一同大拍手、そして籠から降りようとした時さらに歓声と大拍手!

なんと気球の籠は土の上におりたのではなく トレーラーの荷台の上にピッタリと乗っていたのです!
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籠から降りて、用意してくれていた 冷たいシャンパンで乾杯して大 大 大満足のオプショナルツアーは終わりました!
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生きてて良かった!

パムッカレ 石灰棚

子供の時からいつかは行ってみたいと思っていた石灰棚

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前日、朝 皮工場に行って そこから バスで30分の

エフェソス遺跡

アルテミス神殿

バス3時間

アフロディシアス遺跡

バス3時間でパッムッカレ

全く平坦なところのない広い遺跡を12000歩以上歩き バスで7時間シェイクされて 夕方パムッカレに着いた、到着前からガイドは 明日の予定が詰まっているので今日のうちにパムッカレの石灰棚を見てしまいましょう と言ってバスはホテルのあるふもとの町を通り過ぎて石灰棚の山に向かった、もうみんな疲れ切っているしこの日のホテルは温泉プールがあるからそれも楽しみにしていたのに ガイドは客のコンディションなどお構いなし あまり文句を言わない日本人ばかり乗っているので みんな疲れた目をして見合っているだけなので 私は多いっ切り「夕方の光の中で石灰棚を見たって きれいじゃないし ホテルでプールにも入れないじゃないの!!!」と抗議した それでもバスは石灰棚に向かって走り続け、私一人ぶつぶつ言い続け だんだんバスの中の乗客も不機嫌な顔つきになったころ 石灰棚が見えてきて その丘の稜線にびっしりと観光客のラインができているのが見えた、人が多すぎて大渋滞になっている! さすがにガイドも これからあの丘を登るのは 無理 と思ったのか 皆さん今日は人が多すぎるので明日の朝 又来ましょうと言ってバスをUターンさせた

 

パムッカレは温泉地帯で石灰棚も石灰分の高い温泉が流れ長い時間の中で棚状の地形を作りだしたのだが 少し離れているところの温泉は鉄分が多くて茶色をしていて、一番上の温泉が噴き出しているところから下に行くほどぬるくなっている、

私は2段目あたりのちょっと熱めの湯に浸り 底には泥が沈んでいて手ですくって温泉泥パックを顔に塗り 大満足

もんのすごく疲労がたまっていたけれど温泉のおかげで楽になった。
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石灰棚のあるところより上にあるヒエラポリスという遺跡

前に見たベルガモン遺跡の近くにあった病院施設に人が集まりすぎ 温泉地のここにベルガモン王が新たに保養地として総合医療施設を作ったという説明を聞いたが

多分紀元前190年というのが正しいのではないかと思うけど ネットでしらべると まちまちで 何よりひどいのはウィキペディアに2世紀にローマ帝国の保養地として作られたと記述がある。インターネットの知識はあてにならない!
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ヒエラポリスは広大で遠くから眺めただけでした。

 石灰棚は・・・・・
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以前に 観光客が増えすぎて 危機的状況にあり 入場規制になっているというのは聞いていましたが 残念ながら 石灰分の高かった温泉が枯渇し始め 流す量を制限しているとのことで 大半涸れていて 山頂近くの一部分だけにお湯が流れていました
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ここに青く輝く水が溜まっていたらどんなに美しく感動的かと・・・・

けっこうガッカリです。
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それでも素足になって入れるところもありました。
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(白状すると、水の色は少々調整しました)

水が張られていない石灰棚のところで、歩道しか歩いてはいけないことになっているのに中国人の観光客が土足で石灰棚に入り込んで写真を撮っていて、警備員が遠くから叫んでいました、こちらの人から見たら中国人も日本人も見分けがつかないのがくやしい!

 

ヒエラポリスの崩れた遺跡が底に沈んでいる自然なプールです。

泳いでいる人がなるべく映らないようにと場所を選んだら底の石柱があまり写っていませんでした。
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●石灰棚のお湯を流す場所は周期的に 変えるらしいので 運が良ければ中央の部分に水が溜まっているところをみられるかもしれません。

 

以上、わかっていたけど だいぶガッカリなパムッカレでした〜